研究助成

金×ナノバイオマテリアルで、身体に優しい次世代医療の実現に挑む

採択テーマ
薄膜エレクトロニクスによるニューロモデレーションデバイスの開発
受賞
2023年TANAKA Special Award

田中貴金属記念財団では貴金属の新分野を開拓・醸成し学術、技術と社会経済の発展に寄与することを目的に、貴金属が貢献できる新しい技術や研究・開発を行う団体を表彰、助成金を授与しています。今回は高分子ナノ材料やバイオ・エレクトロニクスの先端技術の研究で2016年に萌芽賞(助成金100万円)を、2019年にシルバー賞(助成金100万円)を、2023年にTANAKA Special Award(助成金30万円)を受賞した東京科学大学生命理工学院の藤枝俊宣教授に研究の概要や展望についてお話を伺いました。

医療に革命を起こす「ナノ絆創膏」実用化を目指す

まずは先生の来歴と研究室の概要を教えてください。

私は幼少期に病気がちだったこともあり、早くから「医療に資する領域で働きたい」と思っていました。転機となったのは、中学2年生のときに目にした人工血液に関する新聞記事です。この分野の可能性に強い興味を持ち、進学先として早稲田大学理工学部を選択。同大大学院では当時、人工血液研究を牽引していた武岡真司教授の研究室に入りました。博士(工学)取得後は、イタリア技術研究所や東北大学、早稲田大学高等研究所などで高分子ナノ材料の研究に従事してきました。2018年に東京科学大学(当時は東京工業大学)生命理工学院の講師に着任し、2024年12月からは教授として研究を続けています。

現在、研究室には学部3年生から博士課程後期まで、計約20名の学生が在籍しています。皆それぞれの興味や専門性を生かしながら研究を進めていますが、特に力を入れているのが、「高分子ナノシート」を基盤にした医療材料や医療デバイスの開発です。私たちの研究室の特徴は、分野横断的であること。国内外の研究機関や専門家と協力し、化学・物理学・生物学・工学・情報学・医学など多様な分野の知見を結集して、課題解決に挑んでいます。

高分子ナノシートとはどのようなもので、どのような分野への活用が期待されていますか?

高分子ナノシートとは、紙の約1,000分の1という極めて薄いプラスチックのフィルムです。非常に薄いがゆえに体表面の微細な凹凸にぴったり馴染み、糊を使わずに皮膚や臓器に密着させることができます。さらに、ナノシートには「生分解性高分子」を用いたものもあります。生分解性とは、体内の酵素や微生物の働きで自然に分解され、最終的に水や二酸化炭素など無害な物質になる性質のことです。つまり、貼ったナノシートは使用後に体内で自然に分解されてなくなるため、取り出す必要がありません。この柔軟性と安全性を活かして、ナノシートは薬剤や化粧品成分を染み込ませて皮膚に届けるパッチや、縫合が難しい臓器の治療に「ナノ絆創膏」として使われることもあります。

たとえば肺に穴が開く肺気胸という病気がありますが、手術後の肺の組織が別の組織と癒着するケースがよくあります。そこで、このシートを絆創膏のように貼って穴を埋める治療が行われています。構成するポリマーの種類を変えることで体内での持続時間を調整でき、短期間だけ必要なケースから長期間効果を持続させたいケースまで、治療目的に応じた設計も可能です。さらに電子回路を組み合わせて皮膚に貼り付けられる「超薄型電子デバイス」としても活用できます。今回、田中貴金属記念財団から助成をいただいた研究「薄膜エレクトロニクスによるニューロモデレーションデバイスの開発」では、このナノシートを用いた医療用超薄型電子デバイスの開発を目指しています。

超薄型電子デバイスが拓く、近未来の診断と治療

ナノシートを用いた医療用超薄型電子デバイスの活用について詳しく教えてください。

ナノバイオマテリアル(ナノサイズの医療用素材)と、フレキシブルエレクトロニクス(曲がる・伸びる電子回路)を組み合わせることで、診断や治療のあり方を大きく変えられると期待されています。こうした技術を体に装着して生体信号を正確に測ったり制御したりするためには、皮膚や臓器のやわらかさや動きに無理なく寄り添うデバイスが欠かせません。そこで私たちは、電気が流れるインクで電子回路やセンサーをナノシートに印刷した「プリンテッドナノ薄膜」をつくる技術を開発しています。プリンテッドナノ薄膜を使うことで、皮膚や体の内部から、筋肉の活動、体温、pH(酸性・アルカリ性の状態)などを計測したり、必要な光や熱を特定の部位に届けたりする新しい医療技術の実現を目指しています。

たとえば、金属ナノ粒子を含むインクをインクジェットプリンターで印刷すれば、紙より薄い電子回路を作ることができます。それを皮膚に貼り付けることで、装着したまま電子機器を操作したり、皮膚から分泌される成分をセンサーで検出したりと、さまざまな使い方が可能になります。こうしたインクジェット印刷には、高い導電性を持つ「金」のインクが欠かせません。しかし、ご存じのとおり、近年の金価格の高騰は研究資材にも影響を及ぼしており、必須材料である金インクの調達コストも上昇しています。そうした状況下で今回、田中貴金属記念財団よりご支援をいただけたことは、研究の継続にとって大きな支えとなっています。

将来的にどのような病気への治療が期待されていますか?具体例を教えてください。

国内には約100万人のてんかん患者がおり、そのうち約7割は薬で発作を抑えられます。しかし、残りの3割(およそ30万人)は薬だけでは十分な効果が得られず、別の治療法が必要です。
現在行われている治療のひとつに、脳の表面に電極を広く敷いててんかん波を測定し、発作の起点となる部位を特定する方法があります。ただし、従来の電極は厚みと重さがあるため、脳に負担がかかりやすく、患者さんが頭痛や吐き気に悩まされることも少なくありません。

そこで注目されているのが、プリンテッドナノ薄膜を使った極薄のナノ電極です。紙より薄く軽い電極であれば、脳への物理的な負荷を大幅に減らすことができ、患者さんの生活の質(QOL)を大きく向上させる可能性があります。

研究はどの段階まで進んでいますか?

現在、このプリンテッドナノ薄膜の電極は動物実験の段階で、安全性や性能の検証を進めているところです。最初は小型動物から始め、次に大型動物へと対象を広げることで、よりヒトの脳に近い環境でのデータ収集や安全性の確認を進めています。これは、ヒトへの臨床応用に向けた重要なステップです。
あわせて、実際に人体へ使用する際に必要となる素材の選定や、医療現場で求められる滅菌(細菌やウイルスを取り除くための処理)方法についても研究を進めています。こうした基盤技術の確立が順調に進めば、5年後にはヒトでの臨床研究(医師の管理下で行う初期の試験)が始まる見込みです。

ナノバイオの視点で植物の生命活動を読み解く

植物を対象とした研究にも取り組まれているそうですね?

現在、メインで取り組んでいるナノバイオマテリアルの研究は、どうしてもニーズドリブンな(ニーズに応えるための)応用研究になりがちです。それはそれで大切にしつつ、一方で純粋な好奇心を満たすための研究にも挑戦したく、植物を対象とした研究も並行して行っています。
きっかけは、脳波を観察していたときのひらめきでした。「植物も脳波のような電気信号を出しているのではないか?」と思い、調べてみたところ、葉の表面に微弱な電気信号が存在することがわかりました。これに注目し、葉面電位を測定する研究を始めています。明るさや暗さ、植物の健康状態によって信号が変化し、例えば除草剤を加えると一時的に信号が弱まりますが、時間が経つと再び回復します。このことから、植物が環境の変化に応じて体内で活発に代謝や反応を行っていることがわかり、生命活動の柔軟さを感じさせる非常に興味深い現象です。

こうした発見は、私たちがこれまで医療機器の開発で培ってきた視点を植物の観察に応用する指針になっています。従来の植物学者のアプローチとは異なる、新しい方法論で生き物を捉えることが、私たちの次の挑戦です。そして、この中で植物から医療への応用可能性を探ることも、一つの目標として考えています。まだ具体的な成果は出ていませんが、植物の新しい生態を理解しながら、将来的には農業や医療分野への応用も視野に入れ、楽しみながら研究を続けていきたいと考えています。

最後に、今後の展望をお聞かせください。

今後も、ナノバイオマテリアルの研究と植物を対象とした基礎研究の両方を継続していきたいと考えています。特にこれからの研究は、学部や専門領域の垣根を越え、多様な分野の知見を融合させる体制が不可欠です。そのため、化学・物理学・生物学・工学・情報学・医学などの専門家と連携するだけでなく、貴金属の専門家として田中貴金属グループの協力も得ながら、情報交換や助言を受けつつ研究を進めていきたいと思っています。今回の受賞を通じて、工場見学や専門家からの具体的なアドバイスを受けるなど、多くの学びと支援をいただきました。今後もこうした協力関係を大切にしながら、研究の発展に取り組んでいきたいと思います。

加えて、次世代を担う人材の育成にも力を入れていきたいと考えています。研究室の学生たちが、学問や国境の枠を越えた幅広い視点を身につけられるよう、国内外の大学や研究機関との交換留学や共同研究の機会を引き続き、積極的に設けていきます。また、学生が専門知識を深めるだけでなく、異なる分野の研究者や企業の専門家と直接対話することで、新しいアイデアや発想を育む場を提供していきたいと思っています。こうした教育活動を通じて、科学的探究心を持ちながら実践力も兼ね備えた研究者を育て、将来的には医療や農業、さらには新しい材料開発など、多岐にわたる分野で社会に貢献できる人材を輩出していくことが目標です。

藤枝先生、貴重なお話をありがとうございました。

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