研究助成

材料分野における貴金属の新たな可能性開拓を目指して

採択テーマ
貴金属基ハイエントロピー合金における組織制御の試み
受賞
2022年度 ゴールド賞受賞

田中貴金属記念財団では貴金属の新分野を開拓醸成し学術、技術と社会経済の発展に寄与することを目的に、貴金属が貢献できる新しい技術や研究・開発を行う団体を表彰、助成金を授与しています。今回は材料工学領域で近年注目を集める「ハイエントロピー合金」の研究に取り組み、2016年度と2022年度にそれぞれゴールド賞(助成金200万円)を受賞した北海道大学大学院工学研究院の三浦誠司教授に、研究の概要や今後の展望について伺いました。

新たな概念として注目を集めるハイエントロピー合金の開発に挑む

まずは、研究室の概要を教えてください。

私が主宰する北海道大学大学院工学研究院「強度システム設計研究室」には、2023年度現在、学部生5名と大学院生9名の計15名(うち1名は留学生)が在籍し、鉄も融けるような1500℃以上でも使える耐熱合金や、鉄と比べて密度が3分の1以下と軽量でありながら高強度な軽合金、さらに耐熱性や延性、高強度を兼ね備えたハイエントロピー合金などの研究・開発に取り組んでいます。

卒業生は鉄鋼をはじめとする金属を作る企業、自動車など金属を利用して製品を作る企業が多いですが、最近では資源を再利用する循環型ビジネスを展開する企業など、幅広い分野で活躍しています。

ハイエントロピー合金は、従来の合金とどのように異なるのですか?

ハイエントロピー合金は約20年前に提案された新しい合金概念です。従来の合金が、メインとなる1種類の元素に他の元素を混ぜ合わせ、もともとの元素の特性を補強する設計方針で開発されてきたのに対して、ハイエントロピー合金では、メインとなる元素を設定せずに、原則として5種類以上の元素を組み合わせる設計手法が採用されます。元素の組み合わせパターンは数百万となり、さらに配合のパターンを考えると候補数は膨大な数に上るうえに、まだまだ研究として行うべきことがたくさん残されていることから、ハイエントロピー合金には従来の合金とは比べ物にならないほど大きな可能性があり、材料工学の領域で今、最もホットな研究対象の1つとして大きな注目を集めています。国内外でさまざまな研究が行われていますが、まだ実用化には至っていないのが現状です。

「貴金属基ハイエントロピー合金」の実用化で、エネルギー・環境問題改善を目指す

田中貴金属記念財団の助成対象となったハイエントロピー合金の研究概要について教えてください。

2016年は、そもそも貴金属を使ったハイエントロピー合金が可能なのかを探る研究、2023年はそれを土台に、合金による貴金属の組織制御に関する研究、つまり強度を高める研究を評価いただき、それぞれゴールド賞を授与していただきました。強度や延性に優れた貴金属元素はハイエントロピー合金の材料として非常に大きな可能性を秘めていますが、いかんせん研究素材としては高価であることから、世界的にも研究が進んでいません。逆にいうと、本研究は、貴金属の可能性を広く世界に提示し、より安心安全で快適な社会の実現に貢献できる、この分野における先駆けと言えるでしょう。

ハイエントロピー合金が実用化されると、社会にどのようなメリットがもたらされるのでしょうか?

耐熱性や延性、強度に優れた様々なハイエントロピー合金が実用化できれば、世界のエネルギー・環境問題の解決に大きく貢献できるものと期待されています。例えば飛行機のジェットエンジンや火力発電のガスタービンに使われる金属については、耐熱性を高めれば高めるほど、より高い温度でエンジンを動かしたり発電をしたりすることができるので、燃焼効率や発電効率を上げることができ、燃費削減や二酸化炭素削減にも繋がります。あるいは車や飛行機などの乗り物に軽くて強度の高い合金が利用できれば、使用する金属の量が減らせるので資源の有効活用に繋がり、また燃費が上がって二酸化炭素削減に繋がり、大きな社会課題となっている物流のエコシステムの実現に貢献できるでしょう。エネルギー・環境問題は、幅広い業界で興味・関心の高い分野ですから、これらに寄与できるハイエントロピー合金が実用化されれば、その価値やポテンシャルは計り知れないほど大きいものとなると期待されます。

ハイエントロピー合金の中でも、特に貴金属基のハイエントロピーには、どんな可能性が考えられますか?

貴金属基合金は、すでに社会の各所で私たちの便利で快適な生活を支えています。例えば、光ファイバーなどに使われる高純度のガラス生産には白金製の槽 (容器) 内での溶融プロセスが必須ですが、鉄も溶けるほどの高い温度になることから、ガラスの重さで槽が徐々に歪んでしまうといった問題が生じます。もし、高温でも高強度が維持できる貴金属基ハイエントロピー合金が開発されれば、上記のような問題が解決できるため、さらに高い温度での長時間溶融が可能になり、より効率的に高品質な高純度ガラスが生産できるようになるなど、デジタル社会への寄与が期待されます。

田中貴金属工業との技術協力で、研究の効率化を促進

現状、合金化による貴金属の組織組成の研究は、どこまで進捗しているのでしょうか?

ハイエントロピー合金の開発はまだスタートラインに立ったばかりです。先ほど申し上げたとおりハイエントロピー合金は元素の組み合わせパターンが膨大ですから、一つひとつ検証していたらとても時間が足りません。そこでこれまで今はある程度の目星をつけ、良い結果が出そうなものを絞り込む方法の確立を目指して実験と研究を進めて来ました。多数ある貴金属元素は結晶構造の点から2種類の元素種に分けられます。それぞれの元素種を適切に組み合わせることで、一方の結晶構造を持つハイエントロピー合金相中に他方の結晶構造を持つハイエントロピー合金相をミクロンサイズで導入することが可能であることが明らかとなり、予備的な研究から、これらが予想以上に高い強度を持ち、かつ高温での組織変化も少ないことが期待できることが判りました。一方で、この研究には貴金属の耐熱性や延性を調べるための様々な装置が必要です。ゴールド賞受賞をきっかけとして田中貴金属記念財団に相談したところ、ご協力いただけることになりました。

長年貴金属に関わってこられたプロフェッショナルである田中貴金属の皆さんのお力を借りて一緒に研究を進めた方が効率的でもあり、お互いにとってのメリットも大きいという判断です。2023年度中は研究室で準備した合金を田中貴金属に運んで熱処理を実施していただき、その後、研究室に戻して電子顕微鏡等を使った検証を進める予定です。

材料分野への関心を高め、人材育成にも尽力したい

研究の今後の展望について教えてください。

これまでに明らかとなった研究方針はたいへん有望と考えております。引き続き、これを基礎とした貴金属を使ったハイエントロピー合金の組織制御に関する研究に粘り強く取り組んでいきます。とにかく手間暇のかかる研究ですが、幸いにもやる気のある学生に恵まれ、力を合わせて研究を進めていきます。ハイエントロピー合金は、物理や化学に比べてやや地味な印象を抱かれがちな材料領域において世界的に大きな注目を集めている研究分野であり、若い世代の関心が高い環境問題との関連も強いためか、これを知っている大学低学年学生も多く、高校などに出前授業に出向いた際にも関心を持ってもらえるようです。その意味でこの分野で日本が先駆者となりイニシアチブを取ることが、若者の理系離れの抑制にも繋がるのではないかという期待もあります。そんな中、研究助成という形で貴金属のプロフェッショナルである田中貴金属の皆さんにサポートをいただけることになったのは、私たちの研究室にとって非常に大きなアドバンテージです。先ほどお話した技術面での協力やアドバイスをいただくことによって実験の効率化が進みますし、何より実業の分野の皆様との交流が私にとってはもちろん、学生たちにとって非常に良い刺激となっています。

材料というのは、乗り物など人命にかかわるものにも使われるため、世に出るまで多くの検証が必要で、非常に長い時間がかかります。十年以上かかることも、珍しくありません。しかし、実用化されればより便利で快適、かつ環境に優しい暮らしの実現に貢献できる余地が非常に大きい分野です。私自身も研究者の一人として研究を続けると同時に、研究の成果や状況を積極的に発信することを通じて、その意義をより多くの方に伝えていきたいと考えています。

Profile

三浦 誠司(みうら・せいじ)

北海道大学 大学院工学研究院 材料科学部門 教授

東京都出身。東京工業大学大学院 総合理工学研究科 材料科学専攻 修士課程修了後、東京工業大学精密工学研究所 助手、アメリカ合衆国オークリッジ国立研究所 客員研究員、ブラジル連邦共和国サンパウロ州立研究所JICA 短期派遣専門家等を経て、平成25 年12月より現職。現在、多元系状態図に基づいた合金の材料設計について研究している。趣味は読書。生物学や文学にも親しむ。